2024年11 月 / インサイト
トランプ大統領の返り咲きが政策、経済、市場に及ぼす影響
キーインサイト
- 政策:トランプ大統領にとって、大幅な追加関税はトランプ政権が第一期に成立させた2017年減税および雇用法(いわゆるトランプ減税)の延長と並んで、新政府が取り組む重点政策となる可能性が高い。
- 経済:より厳しい貿易や移民政策が実施されれば、経済にはインフレ圧力となる可能性がある。
- 投資環境:小型株は恩恵を受ける可能性があるが、一方でインフレが加速すれば債券利回りの上昇につながる可能性がある。
2024年、米国大統領選挙で勝利した共和党ドナルド・トランプ氏は、自身の在任第一期で取り組んだ優先事項の多くをさらに推し進めると予想されます。貿易政策において、断固とした方針で関税を武器とする強固な政策は、規制緩和と合わせて重点政策となる可能性が高いと考えられます。
当面の最大の関心は、トランプ大統領と連邦議会が、トランプ氏が在任1期目に可決された2017年の減税および雇用法(TCJA)の期限切れが目前に迫る中、それをどのように対処するかという点です。
トランプ大統領の返り咲きと望ましくない財政赤字という難題が、今後の米国の政策、経済、投資環境にどのような影響を及ぼすのか考察します。
政策ウォッチ:トランプ減税の延長、追加関税、規制緩和が 重要なテーマ
2017年に成立した減税および雇用法(TCJA)による個人の限界所得税率の引き下げと法人に適用される減税が延長されることになれば、米国史上最大規模となる名目上の増税が回避されることになります。そしてこれら減税措置によって、結果として今後10年間で4兆ドルから5兆ドル規模の財政赤字が追加で発生すると予想されます。
トランプ氏は選挙期間中、個人向けの追加減税と法人税率の21%から15%への大胆な引き下げを支持する考えを表明しました。政治的な実現性から減税幅を抑える可能性はあります。
トランプ政権が減税および雇用法を継続し追加措置を強行すれば、議会から財源確保策を示すよう迫られる可能性があります。こうした状況は一部の産業や業種にとって政治リスクとなることが想定されます。
「クリーンエネルギー」を例に挙げてみましょう。バイデン政権下で可決された米国インフレ抑制法(IRA)を変更すれば、トランプ減税の延長による影響を相殺する一つの手段となり得ます。トランプ氏は選挙前の発言で、電気自動車や再生可能エネルギー産業に対するIRAの税控除を廃止または調整する可能性があることを示唆していました。
その他の産業向けの連邦政府支出削減が議論に持ち込まれる可能性もあり、影響を受ける業界にとっては潜在的なリスクとなる可能性があります。影響は広範囲の業種に及ぶかもしれません。また、何らか合意に至るとしても、その内容の如何にかかわらず、多額の財政赤字を伴う政策であることに変わりはありません。
米国政府が追加関税によって獲得する潜在的な歳入についても、予算審議での議論の対象となるでしょう。
トランプ氏は、他国から米国へ輸入される全品目に10%の国境税を課し、中国からの輸入品には最大60%の関税を課すことを繰り返し提案しています。具体的な数値はさておき、これらの発言は、トランプ氏が中国にとどまらず、貿易政策において強硬な姿勢を取る可能性が高いことを示しています。
こうしたアプローチは、他国との貿易面やその他の政策に関して譲歩を引き出すための舞台道具として利用する可能性が示唆されます。例えば、欧州の同盟国に対して防衛費の増額を迫るというアプローチがその一つです。しかし、こうした関税に関する一方的な措置は、対象国の報復措置を引き起こし、排他的な動きが強まる可能性があります。
また、トランプ政権は、石油・ガス業界や金融セクターの規制負担を軽減する取り組みを含め、一層の連邦規制緩和を模索すると予想されます。
経済:堅調さを保つ米国経済がインフレと対峙する可能性も
新大統領は、力強い成長を続ける経済を引き継ぐことになります。インフレ率は米連邦準備制度理事会(FRB)の目標値である2%を上回っているものの、2022年のピーク時からは大幅に低下しています。しかし、財政赤字は拡大を続け、2024年末には国内総生産(GDP)の7%に達すると予測されています1。これは、平和時かつ不況期以外では過去最高の水準となります。現在、債務返済額はGDPの2%以上と高水準にありますが、選挙期間中、財政赤字削減が優先課題との議論はありませんでした。このため、財政収支の改善は期待し難いと考えられます。
経済成長に関しては、減税および雇用法(TCJA)の行方に注目が集まっています。同法の延長は経済を支える可能性がある一方で、インフレ抑制法(IRA)の一部が財源確保のために変更されるのであれば、結果的に全体的な効果はほぼ中立になると予想されます。追加の法人税減税は実現が難しいと思われますが、実現すれば米経済にとってプラスになるでしょう。しかし、追加関税に関しては、先行きが読めないため、経済のプラス効果が相殺されてしまう可能性があります。
インフレ面では、関税の引き上げや輸入品への追加課税、あるいはそのいずれかが一時的な価格ショックを引き起こす可能性があります。企業がこれらのコスト高を消費者に転嫁できるかは製品の価格支配力に左右される面があり、どの程度のプラス効果になるかは予測が極めて困難です。
もう一つの注目すべき点は、新大統領が移民政策の強化を公約していることです。この分野で強硬な姿勢が取られると、労働力の供給にも悪影響を及ぼし、米国の労働市場がタイトになります。不透明な関税引き上げとは異なり、このシナリオでは持続的な価格上昇圧力となるでしょう。
全体として、新政権の経済政策の長期的な影響については慎重な見方が肝要と見てます。最終的に採用される政策は選挙期間中に公約された内容とは大きく異なる場合もあり、また費用負担や財源など詳細も不足しています。そのため、当面は不確実性の高い状態が続くでしょう。
投資環境:小型株はトランプ氏の勝利から恩恵を受ける可能性があるが、インフレには注意が必要
米国大統領選挙の結果が確定したことで、市場と経済における不確実性の主要因が解消され、投資家のリスク許容度が改善する可能性があります。株式市場では、特にトランプ氏の政権が規制緩和やM&Aに対するより柔軟な姿勢を取る場合、米国の小型株が恩恵を受ける可能性があります。中小型企業は、総じて選挙までは慎重な経営姿勢を崩していなかったため、新政権で政策がより明確になれば、在庫投資を再開し、設備投資を増やす可能性もあります。追加の法人税減税の可能性やFRBによる金融緩和策も中小型企業には追い風となるでしょう。
セクター別に見ると、選挙結果はエネルギー業界にとっては一長一短となる可能性が高いでしょう。石油・ガス会社は規制緩和から恩恵を受ける可能性がある一方で、インフレ抑制法(IRA)の一部が廃止されるのではないかとの懸念から、再生可能エネルギー関連企業は圧力を受ける可能性があります。その他の分野では金融セクターは、トランプ政権が金融規制や当局の監視により緩和的なアプローチを取るのではないかという期待から恩恵を受ける可能性があります。
トランプ大統領の貿易政策や移民政策がインフレに及ぼす潜在的な影響については、中期的に注視していく必要があります。インフレ期待の高まりは、債券利回りを一層押し上げ、企業の将来のキャッシュフロー評価額が圧迫されることで、投資家の投資意欲を後退させる可能性があります。また、貿易摩擦は影響を受ける業界の業績を圧迫し株価変動が高まる可能性があります。
期限切れとなる減税および雇用法(TCJA)はいかなる合意がなされるにしても、国債発行市場で供給が需要を上回る状況では、米国債の入札の変動性が高まる可能性があります。
米ドルの見通しは不透明です。トランプ大統領は米ドル安を望むと公言していますが、関税引き上げなど大統領が掲げる政策の中には、米ドル高を招く政策が含まれています。FRBの金融緩和政策や米国経済の相対的な強さも為替市場に影響します。
現段階で米ドルの方向性を予測するには時期尚早と考えます。しかし、世界の準備通貨としての米ドルの地位が揺らぐような事態にはならないでしょう。
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