2024年9 月 / インサイト
金融の「サンアンドレアス断層」は市場を震撼させるか
サマリー
- 日銀の金融引き締め、そしてそれが世界中の資金フローに与える影響は単純なものではなく、今後数年にわたり多大な影響を及ぼす可能性がある。
- 円の上昇と取引の集中は8月初めに発生した市場の乱高下の主要な要因となったが、それは何かの始まりを示唆するものであり、終わりではないと思われる。
- 日本国内から見ると、日本の国債利回りが緩やかに上昇し、長期的に大量の資金が母国回帰する可能性がある。
夏場の流動性の低さと、市場全体にレバレッジを効かせたポジションの偏在が潜在的な市場変動を誘発する火種となった。日銀が金融引き締め政策へ移行したことが引き金となり、市場は8月初め、ついに過去最大のボラティリティ・ショックに見舞われました。
円キャリー・トレード
直近で開会されたティー・ロウ・プライスの債券戦略会議において、一人のメンバーが、ここ数日で我々は、にわかに「円キャリー・トレード」の専門家になったと冗談交じりに言いました。このレバレッジを効かせたポジションが市場の暴落やシカゴ・オプション取引所ボラティリティ・インデックス(VIX)の急上昇を引き起こしたと指摘する声が多くあります。私の見方では、円キャリー・トレードは確かにその原因の一つでしたが、急激な市場変動の真の要因ではなく、今回の激しい値動きを都合よく事後的に説明しているに過ぎないと見ています。
円キャリー・トレードをスケープゴートにしてしまうと、より大きなトレンドの始まりを無視することになると考えています。
私は2023年にお客様との話のなかで、日銀を金融界の「サンアンドレアス断層」に例えたことがあります。当時はまだ時期尚早でしたが、私たちはこの断層の最初の変化を見ただけであり、これからもっと多くの変化が起こると見ています。
日銀によるイールドカーブ・コントロール政策の後退
日銀は段階的な利上げに着手しています。日銀は日本国債の買い入れを利用して実質的に利回りの上昇を抑制するイールドカーブ・コントロール政策も後退させており、実際に指標金利の上限を2016年初来の-0.1%から3月に0.1%に引き上げ、7月末には再び0.25%に引き上げました。
6月の政策決定会合において、日銀は資産購入額をこれまでの月間6兆円のペースから、向こう1~2年にわたり「大幅」縮小へとシフトする意向を表明しました。7月の会合ではさらに踏み込み、購入ペースを徐々に落としていき、2026年初めまでに月間購入額の半減を目指す意向を示しました。しかしながら、日本は経常赤字を埋めるために大量の国債発行が必要であり、日銀が国債買い入れを停止するとは考えにくく、あるいは、米連邦準備制度理事会(FRB)が2022年6月以降行ってきた償還債券の元本を再投資しないで保有残高をバランスさせる政策も取りにくいと私は考えています。こうした背景があり、当然のごとく日本国債の利回りは上昇しました。8月後半、30年物日本国債の米ドルヘッジ後の利回りは7%を超える水準に達する一方で、30年物米国債利回りは約4%でした。
米国のクレジット市場において米ドル・ヘッジ後で日本国債と同等の利回りを得るためには、投資適格の中でも格付けの低い銘柄またはハイイールド債に投資対象のグレードを落とす必要があるでしょう。資金に限りがあるなかで、大量に債券が新規発行される市場では、利回りが投資の際の重要な鍵になります。
利回り上昇をうけて日本の国内投資家は日本国債に回帰...
日本国内の視点から見ると、日本の国債利回りの緩やかな上昇をうけて長期的に大量の資金が母国回帰したらどうなるでしょうか。ある時点で、日本の国債利回り上昇を受けて、同国の大手生命保険や年金基金などの投資家が、米国債やドイツ国債を含む他の高格付け国債から資金を戻す可能性が考えられます。事実上、これは世界市場における需給関係の構図を変化させる可能性があります。こうした状況では、日本国債へオーバーウェイトすることで恩恵が得られると私は考えています。
...米国債やドイツ国債から資金を移動
このような推測のもと、日本の機関投資家が米国から資金を引き揚げ日本に還流させることで、米国債利回りにかかる上昇圧力は、米国債のアンダーウェイトの配分に対しプラスに作用するでしょう。米国の財政状況の悪化やそれに伴う米国債の新規発行の増加も、長期的に米国債利回りの上昇を予想させます。
インフレの加速は日銀の引き締め強化に繋がる可能性
もちろん、この想定にはリスクが伴います。円安が継続するか賃金が予想外に大きく上昇する場合、日本のインフレ率は今年後半に予想を超える勢いで上昇する可能性も否定できません。そうなれば日銀は10月の会合で再び利上げを行い、資産購入をさらにペースダウンする可能性があります。
円安基調が強まれば、他の条件を一定とすると、日銀はより強硬に引き締めに動くかもしれません。しかし、その影響は、他の先進国の中央銀行による利下げで、ある程度は相殺されるでしょう。2024年初め、円は米ドルに対して1980年代半ば以来の最安値をつけ、ユーロに対して1998年のユーロ導入以来の最安値をつけました。
しかし、足元でFRBは利下げに意欲を示し、欧州中央銀行(ECB)も既に緩和政策に舵を切っており、日銀が自国金利の競争力を強化しなければならないほどの利上げ圧力に置かれることはないと見ています。
資金フローの変化と追い風の消滅
「円キャリー・トレード」は市場全般の変動増にとって都合のよい説明であり、8月5日の市場変動の本質は、何かの終わりではなく始まりであると私は感じています。日銀の金融引き締めや、それが世界の資金フローに与える影響は単純なものではなく、今後数年にわたり大きな影響を及ぼす可能性があると見ています。さらに、多くの先進国で持続性が懸念される財政拡大など他のメガトレンドを見れば、8月の市場の急激な変動は突発的な出来事ではなく、むしろ起こるべくして起きた事象だったのかもしれません。
世界金融危機以降、投資家はいくつかの追い風の恩恵を受けてきました。好むと好まざるにかかわらず、いま風向きは変わっており、今後数年間はさらに状況が厳しくなる可能性も想定されます。日銀の金融引き締めを契機とする世界的な資金フローの変化は、そうした風向き変化の要素の一つであり、状況判断を研ぎ澄ますよう認識すべきではないでしょうか。
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