2025年4 月 / インサイト

海運の脱炭素化

サマリー

  • 造船会社は、海上輸送の脱炭素化を推進する重要な役割を果たす。
  • 海運業界に重大な変化をもたらすためには、規制が不可欠であり、規制がなければ何も起こらない。
  • 二酸化炭素排出量を半減させることは、複雑かつ多面的な課題であり、技術革新、規制措置、経済的インセンティブ、協調的な取り組みを必要とする。

海運業界は、世界経済の中核を成しており、物資や原材料を世界中で円滑に移動させる担い手です。世界の貿易量の約90%が海上輸送で運ばれており、海運はグローバルなサプライチェーン1に欠かせません。また、1トンマイルあたりの輸送効率では、海運が最も二酸化炭素排出量の少ない輸送手段の一つですが、世界全体の海上貿易量が膨大であるため、海運業界は、依然として世界の温室効果ガス(GHG)排出量の約3%を占めています。

海運業界における温室効果ガス排出量の削減は、化石燃料への依存度が高く、世界的規模であることを踏まえると、重要な課題です。この課題の解決には、技術面、運用面、規制面、文化面の変化を含む包括的かつ抜本的なアプローチが必要です。

これらの変化を実現するには、業界全体にわたる大規模な協力体制、革新的な技術やインフラへの多額の投資、すべてのステークホルダーによるサステナビリティへの断固たるコミットメントが求められます。こうした変革は、気候変動関連の目標を達成するためだけでなく、海運業界の長期的な持続可能性と競争力を確保するためにも不可欠です。

ネットゼロへの道筋

海運業界の脱炭素化への道筋は、主に2つあります。既存船団のアップグレート/入れ替えサイクルは、代替燃料への切り替えおよびエネルギー効率の向上を可能にします。燃料の切り替えは、2050年までにネットゼロを達成するための寄与度が圧倒的に大きい(脱炭素化の約30~60%に寄与)2ものの、船舶の入れ替えサイクルは、数十年を要します。

メタノールとバイオ燃料は直ちに「ドロップイン(代替利用)」が可能です。すなわち、技術的な変更を一切加えることなく、既にデュアルエンジンで稼働できる状態ですが、これらは主に脱炭素化の可能性が限定的な過渡期の燃料であるため、2050年までにネットゼロを実現するにはあまり適していません。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)によると、再生可能なアンモニアはネットゼロ実現に重要な役割を果たす見込みですが、依然として大規模なイノベーションと供給能力の向上を必要とします。総じて、現在の代替燃料は、従来の燃料よりコストが高く、その傾向は2040年代まで続くでしょう。

物流や業務面の最適化によるエネルギー効率の向上は、長期的に限りがあり、既に限界に達しているケースもあります。スロー・スティーミング(減速運航)は現在最も広く実施されている脱炭素化アプローチであり、最も多くの排出量削減を実現しています。現在の技術水準を考慮すると、バッテリーで動く電動船は近距離航路でのみ実用可能です(例:最長で約95kmを航行するフェリー)。

造船会社は、海運の脱炭素化の実現に重要な役割を果たします。新たな技術や素材、設計を開発・実施することによって、新造船の温室効果ガス排出量を大幅に削減することができます。ほとんどの造船会社の製品開発計画は、短中期的に勢いを増すものの、ネットゼロ目標を実現する将来の船舶は、様々な新技術を組み合わせて活用すると見込まれ、業界がこれらの技術革新を拡大するにつれ、2030年代以降に大量に出現し始めるでしょう。

現在、コンテナ船舶のうちエコ船舶の比率はわずか5%(総トン数ベースで約12%)ですが、2017年の2.3%から増加しており、2025年までに約6.5%に達すると予想されます。しかし、これらはLNG燃料船かLNG燃料対応船であり、ディーゼル船と比べてGHG排出量削減率はわずか20~30%に留まり、過渡的に活用する技術です。現在発注されているコンテナ船の約半数はエコ船舶ですが、その比率は2017年には約11%でした。この数は総トン数ベースではほぼ3分の2ですが、主にLNG燃料船とメタノール燃料船で構成されています。2022年における世界全体のコンテナエコ船舶の受注のうち、約60%は韓国の造船会社が占めており、燃料の種類別でみると、そのうち92%がLNG燃料、5%がメタノール燃料、3%がLPG燃料でした3

今年これまでのメタノール燃料コンテナ船の受注数は、LNG燃料船の受注数の3倍以上あり、代替船舶燃料市場における変革の可能性を示唆しています。メタノールは、重油と比べて魅力的な代替燃料であり、常温で液状であるため、その貯蔵や取り扱いがLNGやアンモニアより容易です。また、メタノールと重油の双方を燃焼して稼働できるデュアル船舶エンジンにも利用可能な「ドロップイン」燃料です。しかし、メタノールは長期的に見ればネットゼロを実現する技術ではありません。

2023年の最も画期的なマイルストーンは、 「ローラ・マースク号(Laura Mærsk)」の登場でした。ローラ・マースク号は、グリーン・メタノールで稼働可能なデュアル燃料エンジンを搭載した世界最初のコンテナ船であり、業界の主要企業から発生するグリーン燃料およびグリーン船舶の需要が今後の業界形成の主力になることを示唆する重要なシグナルでもありました。ローラ・マースク号は2023年に、海運業界で初めてSBTイニシアチブ(SBTi)により認証されました。これは、同コンテナ船が掲げる2030年と2040年の目標が温暖化を1.5℃以内に抑えるネットゼロの経路に沿うと認められたためです。揚子江は2023年6月、同コンテナ船を運営する海運企業のA.P.モラー・マースクから6隻のメタノール燃料コンテナ船を受注しました。これらはいずれもグリーン・メタノールで稼働可能なデュアル燃料エンジンを搭載しており、2026年と2027年に納入される予定です。

規制の活用

海運業界に重大な変化を促すためには規制が不可欠であり、規制がなければ何も起こらないと考えています。国際海事機関(IMO)は、気候変動とその影響を緩和するべく緊急対策を講じるため、国連の持続可能な開発目標13「気候変動に具体的な対策を」を支援し、引き続き世界的な気候変動対策に寄与する意向です。前向きな措置として、IMO主導で設計と効率性に関する2つの指標が設定されました。その一つである就航船のエネルギー効率関連指標(EEXI)は、既存船のエネルギー効率を評価するものであり、もう一つの二酸化炭素放出実績指標(CII)制度は、船舶の炭素排出量原単位をランク付けし、監視します。

両指標は2023年1月1日から有効化されています。船舶がいずれかの指標が求める業界全体の要件を満たさない場合、IMOに過料を支払わなければなりません。

EUの視点

欧州連合(EU)は、有効な地域別規制に関する計画を策定するには理想的な地域とみなされています。EUは、実質的に温室効果ガス排出にかかる直接税となる規制を導入しています。2025年1月に施行された船舶の炭素排出量原単位(GHG排出量/収益)を制限する新規制は、炭素排出量削減が遅れている企業にスロー・スティーミング(減速運航)を奨励しますが、技術的には既に限界に達しているため、その長期的な効果は限られます。

2024年に欧州連合域内排出量取引制度(EU ETS)が改革されたことを受けて、海運は同スキームの対象となる予定です。このスキームは、実質的に、EUで行われるすべての輸送(EU域内とEU域外間の双方)について、排出量に直接課税するものです。海運会社に総燃料費の50%超がEUにより課される可能性があります。マースクは、多くの海運会社と同様に、二酸化炭素排出量1トンあたり少なくとも150米ドル相当を輸送料を通じて顧客に転嫁する計画です。運賃の引き上げや混雑割増料金の導入も考えられます。

IMOが2023年に策定したGHG削減戦略では、国際海運による温室効果ガス排出量のネットゼロを2050年頃までに達成するという野心的な共通目標が盛り込まれています。加えて、2030年と2040年の指標となるチェックポイントを視野に入れ、代替燃料を採用してGHG排出量を2030年までにゼロや実質ゼロにすることを確約しています。正確なタイミングは各国の事情に依存しますが、これは脱炭素化に向けた重要な一歩と言えるでしょう。IMOの目標は、輸送作業ごとの二酸化炭素排出量を2030年までに2008年の水準と比べて少なくとも40%削減することです。

目標は柔軟ですが、気候変動に関する世界的な目標に沿って海運の排出量に対処する必要性が差し迫っていることを反映しています。

まとめ

脱炭素化への明確な道筋はありません。二酸化炭素排出量を半減させることは複雑かつ多面的な課題であり、技術革新、規制措置、経済的インセンティブ、協調的な取り組みを必要とします。海運業界は、気候変動対策において戦略的な位置づけにあり、ゼロカーボン経済への移行において主導的な役割を果たす可能性があります。すべてのステークホルダーが知識を結集し、ともに排出量削減に着手することが重要です。

脱炭素化への道筋には、業界内の異なるステークホルダーの個別のニーズや事情を考慮する、ダイナミックかつ適応力のあるアプローチが必要です。そのため、柔軟性を維持しつつ幅広い戦略を追求することによって、海運業界は、温室効果ガス排出量の削減およびサステナビリティ目標の達成に向けて大きく前進することが可能です。

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