2025年2 月 / インサイト
先手を打つ米国移民政策の変更によるインフレと FRBへの影響について
サマリー
- 米国における移民制限は、労働者数を210万人減少させる可能性があり、賃金押し上げ圧力とインフレ上昇要因になりかねない。
- 新たな移民制限による労働供給への影響は、2025年半ばまでに顕在化するとみられる。
- それに伴うインフレ再燃が米連邦準備制度理事会(FRB)の金利決定に影響を及ぼす見込み。
長期の関税計画や財政政策などトランプ政権の数々の政策変更については、まだ多くの詳細が明らかになっていませんが、同政権が米国の移民数を減らす意向にあることは今や明白です。金融市場は関税によるインフレへの潜在的な影響を懸念しており、そのため多くのノイズやボラティリティが生じていますが、個人的には以前から我々が注目すべき主な政策は財政政策と移民に関するものであると考えてきました。
最近、移民流入の減少が米国の労働力に及ぼす影響について、当社債券部門に所属する米国チーフエコノミストのBlerina Uruçiと議論したところ、インフレへのインパクトがことのほか大きく、FRBの金融政策や米国債利回りの方向性に影響を及ぼすなど、かなり広範囲にわたる可能性があるとみています。
移民増加と米労働市場における人口動態の相関関係
米国ではここ数年、労働市場から働き手を減らす「高齢化の影響」が、他の話題以上に取りざたされています。生産に関する主要な投入要素の一つである労働力の減少は、経済の成長と供給能力の妨げになることを意味します。結果として、急激な需要の増加が起きると、そのスピードに供給が追い付かず、インフレ率の上昇につながります。より現場に近い感覚からいえば、それほど追加的な採用をしなくても、現行の失業率水準を維持できるということです。
しかし、2022年と2023年には、(推計値は著しく変動し得るものの)移民の増加が労働供給の力強い回復をもたらしました。労働市場がひっ迫し、求人件数が非常に多かった時期と労働供給の増加のタイミングが重なったため、求職者(新規労働者)は比較的短期間で職を見つけることができました。これは労働市場に起因するインフレ圧力を抑えた一因でもありました。
トランプ政権の移民政策は、いつ頃から労働力や経済に影響しはじめるのか?
実際、バイデン前大統領が2024年6月に発令した国境管理強化の大統領令による影響が既に出始めており、移民数がさらに制限されれば、米国経済に急速に影響を与えると予想しています。米国南部の国境を越えて入国する移民数は、2024年後半には前半と比較して半減しており、こうした大統領令が即座に影響を及ぼし得ることを示唆しています。
さらに、米労働省労働統計局が発表する月次雇用統計にもいくつか変化が見られます。米国以外の国出身の労働者数は2023年に5.2%増えた後、2024年後半に0.8%減少しました。移民労働者の供給は、2024年6月から12月の間に毎月4万5000人減りました。こうした数値は、米労働省の雇用統計で非農業部門雇用者数の伸びが2024年後半に大きく落ち込んだことと符合します。
このように雇用統計に即座に影響が現れたのは「萎縮効果」にも起因すると考えられます。すなわち、米国に不法滞在していた移民が強制送還を恐れて労働市場から既に退出したことを意味します。
強制送還や不法移民の取り締まり強化など、広く報道されているトランプ政権の政策が委縮効果をさらに強める可能性があります。個人的には、こうした政策による労働市場への影響が2025年半ばまでに顕在化すると予想しています。
労働者がより高い賃金を求め、企業が労働コストの上昇分を値上げの形で顧客に転嫁する場合、経済にとって労働供給の減少がインフレの上昇につながる可能性があります。FRBによる懸命の努力で、インフレ率はようやく目標の2%近くまで下がりましたが、今後はインフレリスクの高まりに対応して金融政策の調整を余儀なくされ、早い時期に現在の緩和サイクルに終止符を打たざるを得なくなることも想定されます。
トランプ政権の政策により米労働者数は、どの程度減少すると予想されるか?
米国に既に強制退去命令を受けた移民が100万人いると仮定し(推計値は著しく変動し得る)、労働参加率を61.5%とした場合、当該移民を国外退去させると、労働供給は61万5000人減ることになります1。人道的理由から米国滞在が一時的に認められるキューバやウクライナなどからの移民や、DACA (幼少年期に米国に入国した移民の滞在期間延長措置 ) 対象の移民についても保護措置が終了すると、たとえトランプ政権が強制送還を別の方法で加速させなくても、2027年までに約250万人が国外退去になる可能性があります。労働参加率を同じ61.5%と仮定した場合、労働供給は150万人以上も減少することになるのです。
これは合計でおよそ210万人の労働供給が減ることを意味します。米労働省労働統計局の推計では、労働者数は2024年12月時点で約1億6,000万人であり、強制送還によって労働供給の1.3%が労働市場から消えることになります。この数値には、合法的移住者に対するビザやグリーンカードの発行遅延や、現時点で就労中の移民に対する労働許可更新の減少による影響は含まれていません。
これだけの規模で労働力が減ると、賃金上昇圧力など経済的な影響はかなり大きく、インフレの進行を招く可能性があります。さらには、農業など移民労働者への依存度が高い業界におけるサプライチェーンへの悪影響も考慮する必要があります。こうした要因が重なり合うと、コロナ禍で我々が経験したように、供給サイドによる影響がインフレの引き金となる可能性もあります。
米国チーフエコノミストのBlerina Uruçiによる労働市場の分析は、米長期国債利回りの上昇を想定する私の予想をさらに後押ししています。FRBは経済指標を注視するとして1月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で利下げを見送りましたが、新政権の移民政策によりインフレ圧力が生じれば、追加緩和を一段と躊躇するようになるでしょう。
FFレートは現在の水準で据え置かれる公算が大きく、労働市場がひっ迫してインフレ率が高まれば、イールドカーブの長期ゾーンの利回り上昇としてその影響が顕在化するとみています。さらに、2月半ば時点での米国における10年物ブレークイーブンインフレ率の2.45%という水準を勘案すると、米国インフレ連動国債(TIPS)は妥当な価格で推移しており、インフレリスクに対する魅力的なヘッジ手段を提供していると考えられます2 。
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